きっとまた会える
「俺で最後だと思ってたんだけど、ここって結構見つけやすかったりする?」
彼女を引きつれる形で、青年はそのまま数十歩ほど歩くと、その足を急に止めた。その後ろにいた彼女の足も当然、同じように止まる。
詰まる進路に鼻をぶつけた彼女は自分と近い背丈の後ろから顔を覗かせた。瞬間、先程とは違った意味で両頬が紅潮する。無意識のうちに数歩踏み出した勢いで、青年との繋がりは簡単に解けた。
彼らの目の前に広がるのは昔懐かしい駄菓子屋だった。特別広いわけでもなかったが、所狭しと並べてある駄菓子の種類は豊富である。
大方の女子の例に漏れず、恐らく甘味が好物なのだろう。彼女は歓喜の声を上げ、すぐさま双眸を輝かせる。が、一連を見守っていた青年が微笑ましげに笑っていることに気付くと、急激に込み上げる羞恥が歓喜を打ち破った。慌てて理性をかき集めて自身を制する。
広がる誘惑を目の前に今にも腹の虫が独奏を始めかねないので、気を紛らわせるためにも辺りを見回す。そして彼女は、駄菓子屋にゲームセンターが隣接しているのに気付いた。
ゲームセンターと言ってもかなり小規模で昔ながらのゲームが数台と、何かのアニメキャラクターの中に入って遊べるようなタイプが三台。この二種類しか置いていない。
そこは駄菓子屋同様、懐かしさを思わせる空間だった。
四足の椅子は寂しげに空いた空間に点々と配置されていて、片隅には高く積み上げられた同じタイプの椅子の山が置いてある。今にも崩れそうな山だけが無数にあって、それが却って虚しく見えた。
「皆ー、新入りだよー!」
青年が声を上げると静まり返っていた空間の至る所から複数の人影が現れた。
前振りのない登場を目の前に元から驚きで丸まっていた彼女の瞳が、嫌というほど大きく見開かれる。
不安げに隣にある顔を見つめるも青年はにこやかに笑っているだけで、彼女が求める現状の説明がされる気配は微塵もなかった。
困ったように眉をハの字になっても、青年が彼女の様子に気付くことはない。
向こうの出方を窺い、彼女は無意識の内に息を潜ませた。少しの音を聞き逃すまい、とするその姿勢は彼女の慎重さと警戒心の高さ、加えて臆病な性格がよく出ていた。
複数の人影は動かず、彼女も下手に動けず、そんな彼女を観察する人影も動かず。自然と流れるのは沈黙であり、彼女は居心地の悪さを覚えて青年の影で僅かに身じろいだ。
秒針がどれだけ進んだだろうか。やがて、先に行動を動かしたのは人影の方だった。
「新入りだって?」
青年の口から出た“新入り”という単語には彼女も疑問を抱いていた。同じ単語を人影も口にするがこれは、一体何の集まりだろうか。
暗闇から少しずつ出てくる気配に彼女は目を細めた。どこだ。どこにいる。
何かが動いている気配はするのに、彼女の目に捕えられる人影はどれも動いていない。一体、どこに。
「……なんだ、女かよ」
期待外れとでも言いたげな口ぶりは思ったよりも若かった。まるで少年のようだ。
声が頭上から降ってきたことで捜索範囲はようやく下から上へと移動する。しかし肝心の姿を捉えることができない。もう一度、声が発せられたなら恐らく把握できるであろう。
彼女は更に辺りを見回す。
「ここだよ、ここ。阿呆みたいに口開けてキョロキョロすんな!」
そう告げるなり、可愛らしい巨大キャラクターの頭上から一人分の人影が飛び降りる。思わず悲鳴染みた声を上げるも、人影は難なく彼女の目の前に降り立った。立ち位置は数メートルとそれなりの高さがあったにも関わらずだ。
驚異的な運動神経を目の当たりし、彼女は思わず手を叩き、それを受けて人影は得意気に張った胸の前で両腕を交差させた。
白いTシャツに短いズボンの服装。常に顔を出す膝頭がやけに眩しく見える。絆創膏が似合いそうな幼い顔立ちからは、わんぱくな性格が窺えた。だが、やんちゃそうな外見に反し、意外にも露出している肌は色白い。
視線を上に向ければ少し色褪せた紺色の帽子が目に入る。その下にはスポーツ刈りより少し伸びた黒髪と、くりくりとした大きな翡翠色の瞳が覗いていた。
露わになった姿に彼女は括目する。身体能力の高さにも目を見張る物があるが思ったよりも年齢が若く、想像以上に低い位置で身長が収まったからだ。
「こんなアホ面が新入りかよ……。しかも女か」
そして、小さな身長とは裏腹に、身の丈に似合わぬ態度の大きさである。
どうやら彼にとって性別は重要なことらしい。
大きなため息を大げさに吐ききると、張った胸が更に張られる。
「でもせっかくだし、しょうがねぇからオレ様の子分にしてやってもいいぜ!」
仕方がないという割には、その鼻は高々としている。どうやら先程、彼女が漏らした素直な感嘆が少年の喜びへ結びつけたようでである。
彼女は少年をまじまじと見つめた。この小さな身体が、あのような高い位置から飛び降り、怪我もなく着地して見せた。実際に目の当たりにしながらも未だに夢を見ているような。どこか信じられない気持ちだった。
年齢は小学生に見え、身長は約百二十ほどか。まるで小さな暴君だ。
時折馬鹿にしたような上から目線の台詞を含ませる少年に本来なら苛立ってもおかしくはないが、彼女はさして気にした様子も見せず何も分かっていなさそうな表情のまま首を傾げるだけだった。罵られていることを理解していないのか、その鈍さを前に暴君が大きく出る。
何か怖い目に合うのではと恐怖していた彼女からすれば目の前の暴君は想像していた怖いことよりも大変可愛らしいものなのだが、一方的なやり取りがされる中、ついに彼女を案内した青年が「ナオキ、」と咎めるように声を上げた。
しかし、全て吐き出されるよりも前に違う声が空気を震わせた。
「年上にはもっと口を慎め」